(07/02/15)
崩れる信頼―資本市場と労働市場
=投信評論家・寺田幸弘氏=
手元に「にっこうCSRレポート2006」という冊子がある。CSRとは、企業が果たすべき社会的責任である。この冊子は2006年7月の発行とある。株式会社日興コーディアルグループCSR室によるものである。コーディアルとは「誠心誠意の」「真心をこめた」という意味の言葉であると解説してある。
57ページにわたる冊子の中から、強調されたフレーズを引用してみる。「経営理念…中略…職業倫理を研き、社会から信頼され続けるために行動する」「日興コーディアルグループの概要…中略…わたしたちは、中略…金融市場の未来のために最も貢献する企業グループになることを目指しています」。
同グループは、2005年3月期と06年3月期の決算報告を訂正した。訂正前の決算に基づく起債に関して課徴金を課せられた。報ぜられるところによると、そのほかにも疑問点があるようである。ちなみに、当該決算報告の監査法人は旧中央青山であり、今月末に出る予定の“訂正報告書”は、その流れをくむあらた監査法人である。上述のCRSレポートに所見を寄せているのは新日本監査法人である。
この冊子は法律上の資料ではない。しかし、広く社会に語りかけたものである、虚飾にすぎないものだ、として軽々に見過すことは出来ない。資本市場がかつて立派なものであったとは決して思わない。しかし、1991年証券最大手のトップの発言に端を発したバブルの崩壊は道路公団、大蔵省、大手銀行、大手証券を巻き込み、「飛ばし」、「総会屋」との関係を暴いた。住専というアダ花清算した。資本市場は日銀も巻き込み、山一等の証券会社の破綻、長銀の行き詰まり、銀行の不良債権等々も乗り越えた。すべて清算し終えたかに見えた。その矢先に、証券大手の一角に再びのスキャンダルである。資本市場は何ら改善せず、むしろ悪化したとさえ思える。
日興コーディアルグループは特別目的会社を利用したという。特別目的会社を使った不正は、あのエンロンである。エンロン事件で日興のMMFは破綻した。今度は日興がエンロンになりかねないと思う。さすれば証券業界は2強の支配となる。貸金業に手を貸すCSRに乏しい銀行界は3強の支配下に収っている。顧客への忠誠を忘れて不払い問題に揺れる保険業界、金融商品取引法に吸収されて姿が見えにくくなる資産運用業界と合わせ考えるならば、わが国の資本市場、金融市場はやはり悪化した、改悪されたと言っていい。
もう一つ明らかに悪化したのが、労働市場である。労働者の身分は不安定になっている。そして、その下降線は底辺に達しているのではないだろうか。
戦後反動として興隆した左翼思想は、誤った認識を持った反面、労働者の地位の向上に資する面はあった。政治の面では共産党が一時躍進し、左・右社会党も保守政党と対峙した、労働組織率も労働者数は今に比べ少ない数字ではあったが50%超の水準だった。やっと勝ち得た中産階級意識は後退して、2極化が叫ばれている。派遣労働という第二市民的な言葉が我が物顔で語られ、パートタイマーの急増、フリーターというアルバイト・臨時雇用が定着し、非正社員が雇用者の3分の1という。労働条件の悪化である。年功序列や終身雇用に欠点もあろうが、労働者の生活の安定や生活賃金という考えにとっては、決して誤りではない。それがこの15年で、もろくも崩壊しかかっている。
ソビエト連邦の消滅とアメリカ式グローバル化が、外国人労働者を誘因し、製造業は生産設備を外国に持ち出している。最近はオフィスワークさえ外国へ持ちださんとしている。最終的には残業代なしのホワイトカラーを創出させて、労働市場における労働者の窮乏化を完成させる勢いである。ニートは本人もさることながら社会による産物である。
「一般職の正社員10年ぶりの採用」とか、「14年ぶりの初任給引き上げ」という新聞見出しが踊る。定年の延長では、若年労働者の育成やその給与、働く意欲の向上には有効ではない。定年延長はノウハウやスキルの移転のためというが、それは予想される事態への無策に対する言い訳以外の何ものでもない。年金行政の大失策を定年延長でごまかしているだけである。
組織された労働者、すなわち労組が、パート共闘を始めたのが昨年である。労組は自己より低い労働条件を見ぬふりすることで、かえって自らの条件を改善することが出来なかった。ようやくその視野を広げ始めたといってよい。 “春闘”が始まる。労働の分配率を上げることが社会治安や少子化への重要な方策である。
1980年代から様々な要求をアメリカから突きつけられ、90年代は毎年年次改革要望書に沿ってやり方を変えて来た。しかしその結果、資本市場と労働市場は差し引き良くなったのだろうか。改良された点を認めるにやぶさかではない。しかし、根底にあるべき国民の信頼が崩れかかっていることに気付く必要がある。(了)
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