雇用の流動化に追い付けず=連合会の年金未払い問題

企業年金連合会の124万人に対する年金未払い問題は、なぜ起きたのだろうか。新聞各紙は、「連合会や役所が申請主義にあぐらをかいた」と分析している。ただ、「転職は当たり前という社会を前提とした制度になっておらず、対応が間に合わなかった」という要因もあるように思う。新聞の記事は字数が限られるため、どうして未払いが発生したか分からないという人も多いと思う。ここには十二分なスペースがあるので、ゆっくり、この問題を考えたい。

厚生年金基金(基金)が、どのような制度かご存知だろうか。企業が従業員の退職金や年金として独自に積み立てる「企業年金部分」と、本来、国に納めるべき公的年金の保険料の一部を基金が預かって運用・給付する「公的年金の代行部分」を持っている点が特徴だ。こうした複雑な制度ができたのは、国よりも基金の方が資金運用が上手だから、基金が国の年金制度の一部を代行した方が、従業員にたくさんの年金を支給できて、社員の福利厚生にプラスになると考えられたからだ。

この制度が創設されたのは、1966年(昭和41年)。終身雇用が当たり前の時代だった。また、基金を設置したのは、誰もがうらやむような大企業ばかり、まさか、転職する人がこれほど増える時代が来るとは想像できなかった。

だから、雇用の流動化を前提に制度が作られておらず、転職した人の資産の取り扱いは複雑になった。「企業年金部分」と「公的年金の代行部分」で別々の対応が必要になるためだ。

企業年金部分は、転職者が希望すれば退職一時金で受け取れる。しかし、代行部分は、国の年金制度だから、受給年齢の60歳になるまで受け取れない。対象者自身が「60歳になったから年金の支払いを始めてくれ」という裁定請求書を出すまで、それぞれの基金で預かるか、企業年金連合会に移して管理・運用される。

普通のサラリーマンが、こうした複雑な制度を理解して、さらに60歳になるまで覚えていて、適切に行動することは難しい。

企業年金連合会は、転職者に対して、基金から代行部分の年金資産を引き継いだ際に「年金支給義務承継通知書」を郵送して知らせる。さらに、60歳に達する前の段階で、支給開始を請求する「通算年金裁定請求書」を転職者に送るが、長い年月の間に、あて先不明者の数が膨大なものになってしまった。連合会は、厚生労働省や社会保険庁に対して、加入者の住所情報の情報提供を求めたが、実現しなかった。

社会保険庁は、転職者に対して、代行部分以外の公的年金について、支給請求の手続きをする。だからその際、「あなたには代行部分を受給する権利がありますよ。働いていた会社の厚生年金基金か、企業年金連合会に請求していますか?」と注意喚起することになっている。しかし、このシステムも十分に機能しなかった。

こうしてみると、役所や連合会の対応が不十分で、「申請主義にあぐらをかいていた」と言われても、仕方がない。ある基金の幹部は、基金を止めて新しい年金制度に移る際に、住所不明の転職者の新住所を調べるために、専任の社員を置き、地方出張をさせて調べ上げたと話している。民間は、そうした真摯な対応を取っているようだ。

ただ、企業年金を巡って、この10年間は、さまざまな難題が山のように降りかかってきた時代だった。

超低金利と株安で、基金の資金運用が2000年から3年連続で赤字になり、積み立て不足分を母体企業に穴埋めしてもらうための説明と対応に追われた。中には財政状況の悪化で解散に追い込まれる基金も出た。

国際会計基準に合わせて、企業業績に年金資産の運用損益を反映させることとなったため、基金を止めて、01−02年に登場した確定拠出年金(日本版401k)や確定給付企業年金(DB)に制度を変更することを選択する企業が増えた。その際、代行返上に伴う事務作業が膨大なものとなった。

企業年金が、こうした乱気流に巻き込まれ、もみくちゃになる中で、役所や連合会の関係者もたくさんの課題への対応を迫られた。また、2005年には個人情報保護法が全面施行されて、個人情報の扱いに必要以上に慎重になってしまったこともある。手をこまねいているうち、未請求者数は膨れ上がってしまった。

(金融情報部・鑓水圭介)